私の母ですが、ほんと、よくしゃべる
私の子供の頃から、今も変わらず
集金のおばちゃんと、延々1時間
「いつまで、しゃべってんねん!」と
「向こうがしゃべらはんねんやんか」
えっ~、私、聞いてたやん
平気
ある意味、見習いたいわ
母は、戦争末期に大阪、松下の工場で働いていて、ある日、工場が焼けたそうです
その直前、兄嫁が、面会に来たそうです
火事を疑われたそうです
そうです
それから、母は、責められそうになると、
「私じゃない」というようになったのかな~
ご先祖様は、自分の命を守るには、手段は選ばない、やったんかな~と
いつの間にか、「自分を、守るには、手段は、選ばない」に
いちばん大事な、命は、どっかいっちゃったんやりな、と
あの、延々と続くどうでもいい話は、いつ終わるんやろと思いながら
これ書いてます